プランドハプンスタンス理論 Planned Happenstance Theory

思ふこと

そもそもプランドハプンスタンス理論とは

プランドハプンスタンス理論とは、
日本語では、「計画された偶然理論」ともいいますが、
20世紀末にスタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が提唱したキャリア形成に関する理論です。
ざっくりいうと、キャリアは偶然の出来事、予期せぬ出来事に対し、待っているだけではなく、行動をすることを積み重ねることで形成されるというものです。

今は、本当に少し先の未来さえ見えない時代だけれど、いつの時代だって10年後、20年後、30年後の自分なんて目標を立てて頑張っていたってわからないもの。
そういう時、偶然に出会った「何か」をヒントと思って、それを一所懸命やってみたら何か変わるかもしれない。
将来の目標が定まらないと不安になって悩んでしまっているあなた。
今、偶然にもあなたの目の前にあるものは、あなたの前に必然的に現れたのかもしれないと思って、「ほかにあれもいいかも、これをずっとやっていても効果があるのかな…」なんて考えずに、まずはやってみませんか。
それがあなたの好きなものになるかもしれない、やっている際中に何かまた別の惹かれるものに出会うきっかけになるかもしれない。
大事なのは、あれこれ考えず、まずは全力で目の前のことに取り組んでみること。
どうでしょうか?
今、あなたの目の前にあるものは何ですか?

ここで、なにかビビッと来て、今目の前にあるものが見えた!これを頑張ってみようと思えた人は今から実践してみましょう!
さぁ!このページから離れて大丈夫です!!

まだ、なんとなく、よくわからない、と思った人は私の経験を紹介させてください。少し長めのストーリーになりますが…。結果的にうまくいったから紹介できている、ともいえるけれど、あれこれ考えていつも迷ってしまう私が、この言葉・考え方で頑張れたからこそ、誰かにとっても頑張る原動力になれば、とても嬉しいです。

私のストーリー

英語を好きになったきっかけ

小さい頃、小学4年生の時に家族で海外旅行に行き、そこで初めて初めて知らない世界に触れ、同じころ流行っていたハリーポッターを読んでその魅力に引き込まれ、映画を見た時に、

「ハリーやハーマイオニーが話している言葉を分かりたい」
ただ単純に、そう思ったのが英語に興味を持ったきっかけです。
(周りに聞くと同じようにこれをきっかけに英語に興味を持った人がいて意外でした)

英語に興味があったからこそ、「分かりたい」という気持ちが根源にあるので、「分からないこと」が「分かる」ようになるのは、私にとって喜びでした。
高校、大学と英語を学び続けました。飽きっぽい私がここまで続けられたのは本当に驚きで、それができたのは、「この学んでいる英語で日本からは遠い全く違う世界に住む誰かと話してみたい、友達になりたい、自分も海外に行って知らない世界を見てみたい」そんな思いが原動力になっていたのだと思います。

ドバイクリークを移動するインド人たち。ここの交通手段はこの小船(アブラ)です。
大学生になって、将来を考える

そして大学1年生の時、その先のことを具体的に考えていかなくてはいけない時期になりました。いわゆる就職のためのキャリアを考える。
昔はフライトアテンダントになりたいとか考えたこともあったけれど、身長が足りないし、目も悪いし、と諦め、早々に将来なりたい職業リストから外してしまっていました。今考えると、これも候補に入れておいても良かったんじゃないか?と思いますが直感的に違う、とも感じたのかなぁなんて思います。
世界を見てみたい・・・商社?外資系企業?よくわからないなぁ、と悩んでいました。漠然とあったのは、やっぱり今まで英語を頑張ってきたから、英語を使うものがいいな、そして加えていいなら、日本じゃなくて海外で働いてみたいな、と考えていました。
もやもや~と、はっきりとしないまま、なんとなく受けた1つの授業で私は「プランドハプンスタンス理論」に出会いました。それはキャリアの授業でしたが、プランドハプンスタンス理論に関する講義ではなく、在外公館派遣員制度、という海外にある在外公館(日本大使館や総領事館のこと)で働く仕事について紹介してくれるものでした。

偶然に、プランドハプンスタンスという考え方に出会う

その講義で、先生がこう話ししてくれました。
「みなさんは、入学したばかりの大学1年生で将来の夢、どんな職業につきたいかと言われて、ここで将来設計を含めて語れる人は少ないでしょう。
プランドハプンスタンスという考え方があります。
例えば、小さい頃にアイドルになりたいと言っていた女性が全員アイドルになっていますか?もちろん達成する人もいますが、なかなか難しいですよね。人生というのは様々な選択や誰かの影響で変わることがあります。
自分の将来も、何が起こるのかわからないのだとしたら、偶然に出会ったものに意味を見出してチャレンジしてみても良いんじゃないでしょうか

私の身体の底から「コレだ!」と直感しました。
「私が目指すってコレじゃない?今日偶然に出会ったこの「在外公館派遣員」の試験頑張って合格して、海外で働きたい!」
その日からそう決意し、先生の勉強会に参加したり、先輩が企画する独自の勉強会にも1年生は一人だけでしたが参加し、学業も頑張りつつ「海外で働きたい」という思いを実現するため、勉強し続けました。

大学3年生になって、一緒に勉強していた先輩方が試験を受けるということで同じタイミングで前期の試験を一緒に受けてみました。試験は1年に2度あるのですが、その時は一次選考で大敗。チャンスがあるなら受けた方が良いと思い、勉強を重ね、次の後期の試験にも挑戦しました。結果は2次選考で補欠合格!(2次選考=最終選考)しかし繰り上げ合格の連絡は来ませんでした。先輩方はその時の試験で合格し、2人がアフリカへ、もう1人は南米へ派遣されたのでした。ぎりぎりまで行ったのに、自分だけ受かることができなかった…と落ち込んだりして、先生の所へ悩み相談に行って、喝を入れられて泣きながら反省したり、励ましてもらったりしてもらいました。
そして3度目の正直で前期の試験を受験しました。大学4年生の前期の時期はもうすでに就職活動も中盤で、内定も2つほどいただいていました。
結果は・・・前回と同じ、2次選考補欠合格。あ・・ダメだったか。と私は思い、
それならば、一度内定を受けた会社に入って日本で社会人としての基礎を身につけたうえで海外に出るという方向で考えていこうかな、とFacebookにも皆さんへの感謝と報告を載せていました。

夏休み・富士登山・突然の電話

そして忘れもしません、大学4年生最後の思い出にと、夏休みに旅サークルのメンバーたちと富士登山をしました。(ちなみに私は4年間旅サークルに所属、最後は部長もやっていました)その時は山小屋前で雨に見舞われたりして、なんとか、全員で励ましあいながら頂上でご来光をみて、おしるこを飲んで、下山した後、昼食にと山梨県の郷土料理、ほうとうを食べていた時でした。いきなりケータイが鳴りだし、出てみると、
「実は、1つポストに空きが出まして。・・アブダビなんですが、行けますか?」
信じられませんでした。行けるのです・・!私は二つ返事で
「はい!ぜひ行かせてください!」
といい、そこから3年間のアブダビでの海外赴任生活が幕を開けたのです・・・。

赴任してから数日後に訪れた、シェイク・ザーイド・グランドモスク

私のストーリーはここまで。ありがとうございます。次はあなたの番です!

私のストーリーはここまでです。長い文章お付き合いいただき本当にありがとうございます。あなたはとても心優しい方です!
偶然出会った、プランドハプンスタンスという考え方、そして在外公館派遣員制度という「海外に出て英語を使って仕事がしたい」と漠然と考えていた私が、これだ!と思えたもの。

この授業に出ていなかったら、この先生じゃなかったら、アブダビの公館に空きが出なかったら。そんなことを考えるとすごい奇跡のような偶然で、私の何にも代えがたいアブダビでの経験は得られたのだと思います。そして、1度や2度であきらめず、あの時3度目に挑戦してよかった、頑張ってよかったと、心の底から思っています。

だからこそ、今もし何をしたらよいか分からなくて、迷っている人がいたら、ぜひ、自分の目の前に偶然に現れたものを逃さずに一所懸命に取り組んでみてください!
チャンスの女神は前髪しかないそうですので!

みーちゃん

思ふこと
スポンサーリンク
saitoblogをフォローする
スポンサーリンク
齋藤家のんびりブログ

コメント

タイトルとURLをコピーしました